172回例会|日本穀物科学研究会ホームページ

日本穀物科学研究会
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<第172回例会>
シンポジウム「製パン材料の変化について」
 
 日時 2017年12月2日(土) 13:00〜17:15
 場所 神戸女子大学 教育センター

日本穀物科学研究会

でん粉・加工でん粉のベーカリー製品への利用について
松谷化学工業株式会社 研究所
 浦上 淳一 氏
 近年、スーパーマーケットやコンビニエンスストア、リテイルベーカリーへ行くと多種多様なベーカリー製品が所狭しと並んでいる。それぞれに特徴があり、「無添加」を謳っている製品や、「こだわりの原材料」を使用している製品、「特徴のある食感」、「ボリュームの大きさ」「形状の面白さ」に加え、「季節感」を感じさせる製品も存在する。米文化と並んで日本人にパン文化が定着してからというもの、パンは日々、かなりのスピードで進化を続けており、製品を開発する開発担当者は日々、楽しみながらも本当に大変な苦労をされていることであろうと推察される。その苦労の中でこれまでのベーカリー製品には使用されてこなかったいろいろな原材料も新しい特徴を付与する目的で工夫して使われるようになってきた。
 でん粉、加工でん粉もベーカリー製品に特徴を持たせる目的で最近使われ始めた原材料の一つである。小麦粉中には小麦でん粉が存在し、パンの骨格を付与するなどの役割を担っているが、その小麦粉(小麦でん粉)の一部を他の原材料を使用したでん粉や製パンに合うように加工した加工でん粉を使用することで様々な特徴を付与することができる。「食感をアレンジすること」がでん粉・加工でん粉の大きな特徴の一つであり、製パンの開発担当者は新規食感の付与目的で加工でん粉を使用される場合も多い。以下にでん粉・加工でん粉を使用した場合の食感の特徴を挙げる。

・各種でん粉のベーカリー製品への食感の影響について
でん粉をベーカリー製品に添加することで付与できる様々な食感を具体的に(図1)に示す。タピオカでん粉やもち米でん粉を使用することでパンに対して好ましい粘りのあるもち食感を付与することができ、コーンスターチや小麦でん粉を使用することで歯切れのよい食感を付与することができる。一般的には適度なもち食感を付与したパンが好まれているために、通常はタピオカでん粉がよく使用される。
・各種加工でん粉のベーカリー製品への食感の影響について
 でん粉を加工した加工でん粉を添加することでよりベーカリー製品の食感をさらに際立たせることができる。各種加工でん粉によるベーカリー製品の食感の違いを(図2)に示す。エーテル化処理やエステル化処理をすることでよりもちもち食感を際立たせることができるし、架橋処理をすることで歯切れのよい食感を付与することができる。
 加工でん粉の添加は食感改良目的以外にも耐老化性付与(硬化防止)やボリュームの改善、弾力の向上など多種な効果を付与することができ、各目的に応じて選択することができる。また最近は「低糖質」製品がトレンドとして挙げることができ、小麦粉の一部をレジスタントスターチに変更することで不溶性の食物繊維の量を増やし、比較的糖質を下げたパンを作ることも可能となり実際の使用も増えてきている。
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製菓・製パン用品質改良剤について
奥野製薬工業株式会社 食品研究部
田中 克幸 氏
 近年、菓子・パン類は流通や嗜好の多様化に伴い、様々な商品開発が行われている。新しい食感や機能を持つ商品を開発する際には、品質改良を目的とした素材が多面的に利用されている。食感や物性の改良、作業性向上やロス削減、または保存性向上の目的で、食品添加物や食品素材が使用されるケースが多い。本講演では、製菓・製パン類に利用される品質改良剤として、食品添加物や食品素材の中からいくつか取り上げて紹介したい。

1.増粘安定剤
 増粘剤や安定剤の目的で多糖類を中心とした食品添加物が利用されているが、今回はアルギン酸プロピレングリコールエステル(PGA)について紹介する。PGAは海藻由来の多糖類をエステル化したもので、水溶液中での安定性が高い点や乳化性を有することが特長である。パン類に使用した場合、力を加えた後の復元力、焼成後のボリュームアップ効果があり、サンドイッチ用パンなどに利用されている。
2.酵素
 製パン用品質改良剤としてアミラーゼ、セルラーゼ、プロテアーゼ、オキシダーゼなど様々な酵素が、生地物性の調整、焼成後のボリュームアップ、食感改良、色調調整などの目的で使用されている。今回は、リン脂質を分解し原材料に含まれる卵レシチンの乳化性を向上させるホスホリパーゼについて紹介する。ホスホリパーゼによって生成されたリゾリン脂質は、ボリュームアップ効果や生地の経時的な変化を安定化させる効果が期待される。
3.改質グルテン
 小麦グルテンは、パン類をはじめとした各種食品に品質改良の目的で使用されている。小麦グルテンの製造工程において、油脂、多糖類、還元糖などで改質処理を行うことにより、それぞれ従来の小麦グルテンとは異なる性質のものが得られる。油脂改質グルテンはボリュームアップ効果やデンプンの老化抑制効果を示し、多糖類改質グルテンは耐酸性が付与されることにより生地の物性を改良する効果がある。
4.膨張剤
 品質改良剤という範疇から外れるかもしれないが、菓子類の品質に大きな影響を与えるという点で膨張剤の概要を説明したい。一般的に菓子類に使用されている膨張剤(合成膨張剤)は、重曹等をガス発生源として、それに酸性剤を組み合わせたものが多い。酸性剤も数多くあり、それぞれガスの発生量や発生タイミングが異なる。膨張剤はそれらの組み合わせにより、速効性・持続性・遅効性の3タイプに分けられ、膨張剤を使用する菓子の種類に合わせて最適なものを使用することが望ましい。今回は各タイプ膨張剤の特徴や応用例を示したい。
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製菓製パン用油脂素材の機能化及び多様化
カネダ株式会社 油脂技術アドバイザー
前田 秀夫 氏
 食用油脂は脂肪酸とグリセリンのエステル化合物であるトリアシルグリセロールであるが、その誘導体であるモノアシルグリセロール等も含め、多くの食品に用いられている。
 本発表では、小麦粉製品、特にパンに於ける油脂素材のアプローチについての話を試みる。

1.パンの「老化」に対するアプローチ
 消費者は、パンが柔らかいことを好み、柔らかさはおいしさの大きな要素になっている。パンにおける老化は多面的な現象を含んでいるが、ここでは、パンの硬化にフォーカスし、その原理を規定して、それらを解決するための手段としての油脂(油脂誘導体)等の機能を説明したい。
 パンの硬化は、澱粉の状態変化(粒子(固相)→液相→固相)及びその周辺との相互変化によってもたらされる。従って、澱粉の状態変化のうち、どの段階でその変化を抑制するかにより効果が異なってくるが、いくつかのパターンを案内する。また、パンの物理的構造は、グルテンが決定しており、その構造状態により、パンの強度(硬さ)は変化する。例えば、パンの製造工程において、パンの生地玉の形状、置き方により、パンの強度は変わってくる。グルテン形成は、高分子化学的には、架橋点の形成であり、架橋成分は小麦粉の性質(アミノ酸組成、残基)に依存している。酸化的な結合の促進も大きく寄与している。しかし、このような方法とは異なり、小麦粉に新たな結合を導入し、生地物性を変化させることが知られている。即ち、グルテンに架橋点を導入して、更に高分子化、高弾性化を行っている。そして、適正な生地物性を得るために、加水増により生地の希釈を行い、構造的にパンを柔らかくしていると考えられる。
2.健康訴求へのアプローチ
 油の市場は活況を呈している。まず、家庭用食用油の内容が大きく変わりつつあり、調味や健康に寄与する話題が豊富であり、その領域が徐々に浸透しているようである。次いで、産業用(業務用)の食用油の分野においても新しい動きが出てきている。最近では、こめ油(液体油)を練り込んだ食パンが販売されており、その切り口は「香り豊かなもっちり食感」である。液体油はパン生地製造(油脂練り込み)時にスリッピング等を起こすので、不適とされているが、パン製造工程での工夫でその問題点を克服しているようである。また、学術的にもパン生地における油脂の存在状態に関する新しい知見が示されている。グリアジンは糸状の網目構造をとっており、ショートニングは層状に分散しているのではなく、数μm〜数十μmの球状の油滴粒子として分布していた(化学と生物 vol.52 7 2014)。即ち、最終的な生地における油脂の状態は、可塑性油脂の細かい油脂結晶の状態で存在しているのではなく、油滴である。液体油をパン生地に練り込む一例を示す。こめ油のような液体油が、パンに練り込まれるようになったので、同様な物性を示す液体油も導入されるようになるであろう。即ち、こめ油以外でも、オリーブ油、えごま油・アマニ油のαリノレン酸含有油、DHA・EPA、MCT等。しかし、多不飽和脂肪酸を多く含む液体油は、酸化劣化を受けやすいので、単に練り込むのではなく、何らかの工夫が伴なわれた方法が必要となり、酸化劣化対策等(抗酸化剤、空気に触れにくくするような工夫)が実施されている。すると、健康に寄与する油も、常食的に食されるパンの中の成分となり。パンの価値を高めるとともに、国民の健康に寄与することができる。
3.新製品に見られる数々の切り口とそれらの達成手段について
 2016年度発売の油脂素材の新製品においては(月刊油脂2016年12月号)、12社、53品目が記載されており、多岐にわたっている。その切り口から見ると、風味に関するもの;55%、作業性、簡便性に関するもの;19%、食感に関するもの;17%、安心、安全に関するもの;4%、健康に関するもの;4%等であった。風味に関して、どのような油脂素材が、どのように工夫されているのかについて考察してみたい。
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2017年AACC International 年次大会報告
日本製粉株式会社 基礎技術研究所
 大楠 秀樹 氏
 AACCI年次大会は、2017年10月8日〜11日に、カリフォルニア州サンディエゴで、約750名が参加して開催された。日本からの発表は、口頭2題、ポスター3題。下記のように、ホットトピックス、シンポジウム、技術セッション、ポスターは項目に別れて講演があり、また、開会と閉会セッション、基調講演、技術委員会、展示会なども開かれた。今年の特徴として、食物繊維関係が目立ち、食品ロスの削減、グルテンフリーの課題などの発表も見られた。

1.ホットトピックス
(1)Oats - Gluten free, can it be? 「オーツ – グルテンフリー、それは可能か?」、(2)Quality Limited Shelf Life 「品質による賞味期限」、(3)Pulse Product Innovation – Pathway to Future Foods 「豆類生産革命 - 未来の食品への道」、(4)GM disclosure labels on food in the USA - progress on rulemaking 「米国食品のGM開示のラベル - 規則制定の進捗」
2.シンポジウム
(1)Clean Label Formulation: Strategies and Functional Aspects 「クリーンラベル配合:戦略と機能的側面」、(2)Effect of processing on nutritional and rheological properties of pulse crops: benefits of ‘byproducts.’ New approaches to cereal protein analysis 「豆類作物の栄養とレオロジー特性:副産物の利点」、(3)Link between dietary fiber, colonic microbiota and health 「食物繊維、腸内細菌叢、健康の相互関係」、(4)Moving through the plateau of rice quality with omics technologies 「オミックス技術と米の品質の安定」、(5)Best be Gluten-free – Inside the Controversy 「グルテンフリー:論争の中に」、(6)Chemical Imaging: Potential Benefit to Evaluate Production, Processing Efficiency, and Product Purity 「化学イメージング:潜在的な利点」、(7)Dietary Fiber: New Regulations, Methods, Resolving Concerns 「食物繊維:規制、方法、解決懸念」、(8)Enzymes in baking and cereal science: a review of key applications 「パンと穀物科学の酵素:利用総説」、(9)Food selection according to food processing: Fabulous or flawed? 「食品加工に応じた食品の選択」、(10)Communicating food waste and prevention strategies 「食品廃棄物と予防戦略の連携」、(11)Game Changers in Nutrition Workshop 「栄養ワークショップでのゲームチェンジャー」、(12)Using oral processing and mouth-behavior to drive development in better cereal-food products 「穀類食品開発を促進する摂食中加工と口腔動態」
3.技術セッション
(1)Grains for nutrition and digestive health 「栄養や消化器の健康のために穀物」、(2)Industry Applications: quality, sustainability and traceability 「産業用途:品質、持続可能性とトレーサビリティ」、(3)Objective rheology in practical applications 「実用的なアプリケーションでの客観的物性」、(4)Understanding starch granular structure and interactions 「澱粉の粒状構造との相互作用の理解」、(5)Compositional functionality in dough and baking 「生地と製パンにおける組成の機能」、(6)Improving quality and safety aspects of wheat 「小麦の品質と安全面を改善」、(7)Chemical interactions of micro and macro components 「ミクロ及びマクロの成分の化学的相互作用」、(8)Post year of the pulse: sustainable components and processes 「豆類年の次:持続可能なプロセス」、(9)Processing transformations to improve cereal product quality 「穀物製品の品質を改善するための処理」、(10)Rice: from genes to drying 「イネ:遺伝子から乾燥まで」、(11)Whole grain applications: a wave for the future 「全粒粉用途:未来のための波」
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農林水産大臣賞受賞を受けて
帯広畜産大学 生命食糧科学研究部門
山内 宏昭 氏
 この度は、私共の産学連携功労賞(農林水産大臣賞)受賞に際しまして、急遽本研究会172回例会において発表の機会を与えて頂いた事に心から感謝申し上げる。以下に、本講演内容(主に本農林水産大臣賞の受賞内容)の概略について記載する。
1)受賞者
 本受賞の対象者は敷島製パン((株)(パスコ)盛田淳夫社長、北海道農業研究センター(北農研)・ゆめちから育成グループ、私(畜大)の3者であるが、本受賞の対象成果についてはこれまで多くの小麦生産者、農業研究機関、関連食品メーカー、各種行政機関等の皆様の継続的ご尽力が結実したものであると考えている。
2)受賞内容の概略
 北農研が育成した秋播超強力小麦「ゆめちから」を普及させると共に、パスコ、北農研、畜大が密な産学官連携の基に量産製パンラインでゆめちからブレンド粉の大規模な製品加工試験を行い、非常に多くのパン類製品(28アイテム)を短期間に開発、商品化した。また、パスコと畜大とは包括連携協定を締結し種々のパン類の製造技術について、基礎的な評価、解析を共同で行い、開発商品のベースなる基礎技術を確立した。これにより、国産小麦の自給率の向上、国産小麦食品の需要拡大に貢献した。
3)社会、市場等への貢献
 「ゆめちから」の普及を通じて、国産パン用小麦の安定、多量生産に貢献し、安心・安全な国産農産物食品を求める国民のニーズに国産小麦パン等の安定、多量供給を通じて寄与した。また、国産小麦パンシリーズの販売を通じて、国産小麦の認知度を向上させ、パン類、菓子類以外の国産小麦の需要喚起に貢献した。
4)具体的な成果の紹介
 本受賞に関わる具体的成果の主なものは以下の通りである。@パン用小麦品種として、「キタノカオリ」、「ゆめちから」、「北海259号(ルルロッソ)」を育成・普及させ、パン用小麦の安定生産体制を確立した。A国産中力粉とゆめちから粉のブレンドを通じてパン用小麦粉を作出するブレンド技術を確立し、そのブレンド技術の基礎となる裏付けデータを取得した。Bゆめちからブレンド粉を中心に国産小麦のパン類、菓子類、麺類(中華麺、パスタ、即席麺等)多くの商品を開発し、国産小麦の認知度を向上させた。C道産小麦を用いた北海道でのオーブンフレッシュベーカリーの事業展開(パスコ夢パン工房、ゆめちからテラス等)により、地域経済の活性化に貢献した。
5)本受賞に関わる産学官連携が順調に進行した主な理由
 以下に本受賞に関わる産学官連携が順調に進行した主な理由について記載する。@「ゆめちから」の育成前から、「生研センター異分野融合研究」、「経産省地域新生コンソーシアム」、「農水省実用化プロジェクト」等の大型研究予算を10年間継続的に獲得し、各種関係機関が継続的に産学官連携研究・開発を継続できた。A@の活動を通じて確実な成果の積み重ね、産学官の信頼形成、連携強化が図られた。B小麦関連関係者、機関(小麦生産者、農業研究機関、小麦食品メーカー、各種行政機関等)の国産小麦の品質向上、普及、生産・利用加工の拡大等に関する努力が長年途切れることなく継続された。
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