<第161回例会>
シンポジウム「日本におけるセリアック病について」
 日時 2015年1月31日(土) 13:00〜17:00
 場所 神戸女子大学 教育センター

 先日アメリカ、プロビデンス市で行われたAACC International Annual Meeting October 5-8, 2014 Providence, Rhode Island, U.S.A.の大会でも、昨年に引き続いてグルテンフリー食品の発表が22題と多数の発表がありました。2010年に私(瀬口)がフィンランド、テンペラ市で行われたグルテンフリー会議に参加した時に比べ、グルテンフリー研究については、世界中で関心を浴びるようになりました。関連の書籍も小生の手元にあるだけでも”The Science of Gluten-Free Foods and Beverages”, “Gluten Free Cereal Products and Beverages”, “Gluten-Free Baked Products” と3冊もあり、いずれもAACCI出版から出版された本です。
 かねてから小麦を食べると体にいろいろな症状が現れ、時に成長阻害などの引き金になっていたことは知られておりましたが、それがグルテン中のある種のアミノ酸が引き金になっていること、そして今では血液を用いて簡単に調べられるようになったのはつい最近のことです。近年に至ってその明確な方法とともに実態が明らかになってきて、多くの人々がセリアック病にかかっていることがはっきりしてきています。
 日本ではというと、現在あまり大きな話題になっていません。日本人はこれまで米が主食だったせいでしょう。パンを食べ、ビールを飲んで体調が悪ければ、米と酒に逃げることができ、そのことからこの種の患者の数、実態というと把握しにくいのが現状だったのでしょう。人間であれば西洋人にこの病気があり、日本人にはないというのは考えにくいです。日本人の食の流れが、米から小麦へ移ってきています。日本社会でもこれから大きな問題になるテーマと思われます。
日本穀物科学研究会
日本におけるセリアック病について
信州大学医学部血液内科
 中澤 英之 氏
 セリアック病は、遺伝的素因を背景に、小麦などの穀物に含まれるグルテンを経口摂取することが契機となって発症する疾患である。小麦を食べると腹痛、下痢、嘔吐などを生じ、小麦を制限するとそれらが治まるというのが典型的な症状といわれる。
 ヨーロッパでは、セリアック病様の病態は古くから知られており、約2000年前の記録にも残っているらしい。しかし、その発病原因がグルテン含有食にあると認識されたのは、第二次世界大戦中のオランダだったとされている。
 近年、この古くから知られる疾患が再び注目されるようになってきた。その理由の一つはセリアック病の多彩な合併症にある。セリアック病の典型的症状は、グルテン摂取後の消化管症状であると考えられてきた。実は、セリアック病の症状は消化管のみに留まらず、鉄欠乏性貧血、骨粗鬆症、I型糖尿病、小脳失調症、不妊症などの消化管外症状が合併しうることが明らかになった。さらにまた、一部の癌の発病リスクを高めるため、予防医学の観点からも重要視されはじめたのである。
二つ目の理由として、近年の診断技術の発展に伴って、セリアック病の診断が比較的容易になったことが挙げられる。1980年代から血清学的スクリーニング検査を用いた疫学調査が世界各国で進み、本疾患がヨーロッパのみならず北南米、中東、北インドにも広がることが判明した。欧米での罹患率は約1%にも上る。本邦では症例報告が過去に散見されのみである。東アジアではまとまった疫学調査は知られていない。
 遺伝性疾患の発病に環境要因が深く関与しうる、という疾患解釈モデルを提供したという点においても、セリアック病は注目を集めている。今回は、セリアック病についての海外の知見を中心に総説し、最後に当院で経験した症例の概説および国内のセリアック病研究の現状について言及したい。

参考文献
1) Farrell, R. J. et al: Celiac sprue. N Engl J Med,346:180–8,2002
2) Makishima H et al: Intestinal diffuse large B-cell lymphoma associated with celiac disease: a Japanese case. Int J Hematol, 83:63-65,2006.
3) Green, P. H. R. et al: Celiac disease. N Engl J Med,357:1731–43,2007
4) 中澤英之 他: セリアック病. 胃と腸,医学書院,43: 651-655, 2008
5) 中澤英之: セリアック病と「氷山モデル」: 信州医学雑誌,56(4):212,2008
6) 石田文宏 他: セリアック病. 消化管症候群,日本臨床社,515-57,2009
7) 中澤英之 他: セリアック病の話. 健康教室,東山書房,693,2008
8) ファッサーノ(中澤英之訳): 知られざる自己免疫疾患セリアック病, 日経サイエンス,日経サイエンス社,Nov,2009
9) 中澤英之 他: セリアック病. 臨牀消化器内科,日本メディカルセンター,28(7),2013
10) Nakazawa H et al: Screening tests using serum tissue transglutaminase IgA may facilitate the identification of undiagnosed celiac disease among Japanese population. Int J Med Sci,11(8):819-23,2014
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ヤマイモやバナナを用いたグルテンフリーパンの製造研究について
神戸女子大学
田原 彩 氏
 小麦粉加工食品においてグルテンは重要な役割を担っているが、欧米ではこのグルテンにより引き起こされる自己免疫疾患であるセリアック病が問題となっている。セリアック病の患者にとってグルテンは完全に除去する必要があり、グルテンを含む小麦、ライ麦、大麦を用いた食品を摂取することができない。欧米ではこれらを主食として日常的に口にするものであるため、深刻な問題としてグルテンフリーに関する研究が多く行われている。一方、食の欧風化が進む日本でもパンやパスタなどの摂食頻度が増えており、セリアック病もいずれ問題となってくるのではないかと考えられる。このような状況において、世界的にグルテンフリー食品への関心は高まり、AACC International Annual Meetingなどの学会や学会誌等でグルテンフリーに関する発表が多く取り上げられている1〜5)。
 小麦粉加工食品はグルテン独特の粘弾性や網目構造などの性質を生かしたものが多く、グルテンフリー食品の開発では、その目的に応じた性質を得ることが重要であると考えられる。例えば、グルテンフリーパンの製造であれば小麦粉パン同様の膨らみや食感を得るために、パンドウは膨化に必要な粘りや炭酸ガスを保持するための構造などが必要だと考えられる。
 そこで我々はグルテン様の粘りを持つ食材に着目し、グルテンフリーパンの製造研究を進めてきた。これまで山芋(自然薯、大和芋、長芋、山の芋)、バナナ、がごめ昆布等、特有の粘りを示す多種類の食材を用いてグルテンフリーパンの製造を行い、自然薯6)および過熟バナナ7)で小麦粉パン同様の製パン性の得られることを確認した。自然薯は4種類の山芋のうち最も粘性が強く、最も良好な製パン性を示したことから、製パン性には粘りが重要であることが推察された。また自然薯を透析したところ、透析内液(高分子量区分)のみではパンは膨化しなかったが、そこへ透析外液(低分子量区分)を加えると再び良好な製パン性の得られることを確認した。さらに、その低分子量区分をペーパークロマトグラフィーで糖質区分とペプチド区分に分画し、それぞれを高分子量区分に加えて製パン試験を行ったところ、糖質区分を加えてもパンの膨化がみられなかったが、ペプチド区分を加えるとパンは膨化した。したがって、自然薯の場合は低分子量区分に含まれるペプチド類が製パン性に関与していることが推察された。一方、バナナについては熟度が増すにつれて粘度が増し、パンのよく膨化することを確認した。自然薯同様、粘りが良好な製パン性を得るために必要であり、熟したバナナの重要性が確認された。また、過熟バナナ粉の水懸濁液をオートクレーブ処理したところ、製パン性の低下することが明らかとなったため、このパンの膨化にはエンザイム類の関与していることも推察された。以上のことから、十分な膨らみのあるグルテンフリーパンを得るためには、自然薯、過熟バナナ等のような粘りが必要であることがわかった。本講演ではこれらの結果を中心に、現在行っている他の食材での成果も含めて紹介する。

<参考文献>
1) Y. Phimolsiripol et al. J. Cereal Sci. 56(2), 389-395 (2012)
2) B. Miñarro et al. J. Cereal Sci. 56(2), 476-481 (2012)
3) K. Tsatsaragkou et al. J. Cereal Sci. 56(3), 603-609 (2012)
4) L. Padalino et al. J. Cereal Sci. 57(3), 333-342 (2013)
5) B. M. Smith et al. J. Food Sci. 77(6), C684-689 (2012)
6) M. Seguchi et al. Food Sci. Technol. Res., 18(4), 543-548 (2012)
7) M. Seguchi et al. Food Sci. Technol. Res., 20(3), 613-619 (2014)
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米粉利用に適する品質特性の解明と好適品種の選定
〜米麹やプロテアーゼを用いた100%米粉パンの製造〜
(独)農研機構・作物研究所
鈴木 保宏 氏
 日本は食料の過半を海外に依存しており、カロリーベースの食料自給率は約40%と低い。そのため、輸入依存程度の大きい小麦粉を代替しうる「米粉」の、パンや麺への利活用を促進することが重要である。しかしながら、小麦粉と米粉の価格差は大きく、パン等の米粉利用に適する品種も十分には開発されていなかった。また、低価格で高品質な米粉の供給も十分ではなく、これらの理由により米粉利用は十分には進んでいなかった。それゆえ、今後の米粉の需要拡大のためには、米粉生産の低コスト化と良食味・高品質の米粉食品の開発が必要である。そこで、米粉利用を促進するための米と米粉に求められる特性の解明と米粉利用に適する品種開発、そして米粉食品の開発が進められてきた。
 米粉は小麦粉と異なり、パンの骨格となるタンパク質「グルテン」を持たない。そのため米粉パンを製造するには、@米粉に小麦粉から取りだしたグルテンを2割程度添加する[グルテン添加米粉パン]、A小麦粉に米粉を1〜5割程度混合する[米粉混合(小麦)パン]、Bグルテンや小麦粉を加えず米粉だけ、ないしは米粉に増粘多糖等の粘性物を添加する[グルテンフリー100%米粉パン]のいずれかの方法が必要である。このうち、グルテン添加米粉パン(@)や米粉混合パン(A)に関しては、アミロース含有率が中程度の品種の米粉で製造したパンが、パンの側面が潰れる傾向(腰折れ)もせずそれほど硬くもならず、かつしっとり感やモチモチ感があることが明らかになっている。また、粉砕による「損傷したでん粉」の割合が少ない米粉を用いると、パンの膨らみが良くなることが明らかになっている。
 グルテン添加米粉パン(@)や米粉混合パン(A)と比較してグルテンフリー100%米粉パン(B)の生産量は少ないが、小麦に含まれるグルテンの摂取によるアレルギーやセリアック病などの疾患の存在からその開発が求められている。100%米粉パン製造の鍵は、グルテン無しでパン生地を膨らませる技術であり、グアガム等の増粘多糖類を加える製造方法は最も一般的な製法である。最近、米粉を予め米麹、ないしはタンパク質分解酵素で処理することで、小麦やグルテンを含まない膨らみの向上した100%米粉パンの製造が可能になっている。この方法により、無処理と比較し約2倍程度膨らみが向上する。この100%パンでは、20%〜25%程度のアミロース含有率が膨らみと食感の両面でより適していることや、「コシヒカリ」等の一般的な品種を用いると生じる発酵臭(味噌臭さ)がタンパク質変異米を用いることで低減化され、風味が向上することが明らかになっている。
 2010年に制定された食料・農業・農村基本計画では、2020年度の米粉の生産数量目標を50万トンとして米粉利用を推進する「新規需要米」制度が開始された。生産量は2011年度に4万トンに増大したが、その後は減少し2013年度は2.1万トンにまで減少している。本年、米粉利用専用米品種の米粉を30%含むパンが大手製パン企業から販売されたが、今後、米粉の消費を拡大し、食料の自給率を高めるためには、米の利点が消費者に受け入れられる品質と特徴を有する米粉パンなどの米粉食品の更なる製造開発が必要である。グルテンフリー100%米粉パンも日本で数十万人、欧米で数百万人と推定される小麦アレルギー疾患に苦しむ患者に福音をもたらすと考えられるので、更なる研究開発が必要である。

1) 鈴木保宏 (2012) 米粉パン等の米粉利用に適する品質特性と好適品種. 応用糖質科学 2: 12-17.
2) Hamada S, Suzuki K, Aoki N and Suzuki Y (2013) Improvements in the qualities of gluten-free bread after using a protease obtained from Aspergillus oryzae. J. Cereal Sci. 57: 91-97.
3) Kawamura-Konishi Y, Shoda K, Koga H and Honda Y (2013) Improvement in gluten-free rice bread quality by protease treatment. J. Cereal Sci. 58: 45-50.
4) 鈴木保宏 (2014) 米粉パンなどの米粉利用に適する品質特性の解明と好適品種の開発〜米粉の利用により食料の自給力を高めることを目指して. 化学と生物 52: 796-798.
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